サフィールの涙

僕と骸には、周りの認識の差がある。
それは、僕は泣けるだろうけど、骸は絶対に(たとえ何があろうと)泣かないだろう、という。
それとはまた別に、2人とも泣かないという説もあるらしい。
けれど、それはどちらも間違っていて(一部ならば、有ってるけれど)本当は僕は泣かない(多分、泣けなくはない。それこそ夜はぼろぼろにに泣かされる)けど、骸は驚くほど泣きやすい。
幼い頃、繰り返し行われた手術の代償だろう。
おざなりの手術のせいで骸の涙腺は可笑しくなってしまったらしくて、些細な事でも泣いてしまう。
この前は、そのつもりじゃなかったのに口喧嘩で泣かせてしまった。
だから、なのか、骸は普段努めて冷静を装う。
感情が高ぶろうものなら、骸の意志とは関係なく涙してしまうから。
そんな体質を骸はこの上なく厭がるけれど、僕はたまらなく愛しく思う。
初めて出逢った時から、ずっと。(それは、きっと一生変わることなく)
廃墟に咲いた季節外れの桜の下、僕を完膚無きまでに負かしておきながらも泣き出したあの日のことは忘れられるわけもない。

「ねぇ、」
「どうしました?」
「……いや、何でも無い」

布団に寝そべったまま、上半身を起こした骸へと手を伸ばす。
手が届きやすい様にと少し上体を僕の方へと倒すのは何時もの事。
今は解かれた後ろ髪が乾いた音を立てて布団へと落ち、触れた先の肌はあれ程の事の後だからか、潤っていて。
それでも特に、右頬の肌触りが良いのは泣いたからだろう。
泣かせると解っていても言いたいことがあったのだから、今日ばかりは仕方ないと思う。
骸もその事を解っているのか、特に咎められたりはしない。

「クフフ、それにしても珍しい」
「…何が」
「君があの様なことを言うことが、とでも言いましょうか」
「なに、悪いの」
「いいえ?」

触れた儘の右手で頬を抓ってやれば、痛くも無い癖に抗議するからもう一度抓ってから手を離す。
元々痛みを感じにくいのか、痛すぎて泣く事は無いから、手加減の必要は無い。
仕方ないと言わんばかりに小さく笑う骸の表情は、嫌いじゃ無い。
言えば、解りきった風に「知っていましたよ」なんて言うのだから、言う気だって無い。

「ねぇ、恭弥」
「何、」
「さっきの言葉、有難う御座います」
「…殊勝な台詞だね」
「君ほどではありませんよ。…まぁ、君は僕に気を遣って言わない、と言うのもあるのでしょうが」

気にくわない笑みを浮かべて僕の額に唇を落とした骸の額を叩いて抗議してみせれば、余計に笑みを深めた。
これ以上は何をしても骸を煽ると言うことくらい、今までの経験で理解しているから、背を向けることで終了させる。
背中に向かって投げられた溜息を気にせずに目を閉じれば、肩に僅かな重み。

「それでは、これから先も付き合って下さいね」

何に、とは言わない。
其れを聞く程愚かでもないし、付き合いが浅いわけでも無い。
答えを返さなくても解っているのか、肩に一つキスを落として骸も寝る体制に入った。

起きたらまた、とっておきの台詞でも吐いて泣かせてやろう、そう考えて僕は意識を手放した。


08.29 邂逅記念日掲載本誌 発売日記念

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