誘う黒と懐古

これだけ付き合いが続くのだから、今更多少の事でどうこうと揉めることはなくなった。
お互い大人になった、と言えば聞こえは良いし、確かに其れもないとは言いきれない。
けれど、実際の所は互いの正確を理解した上で、適度に諦めてるということが実情だ。
理解しているからこそ、どうにも出来無いと踏んで諦める。其れは10代の頃には出来無かった事だから、大人になった、という表現で強ち間違いは無いのだろうけど。

「恭弥、」
「何?」

出逢ったと頃と違い、名前を呼んだだけで眉を顰められることは無くなったのは素直に喜んで良いのだろう。
全く他人に懐かない珍獣を手懐けた様な、そんな錯覚(否、表現が少々アレではあるけれど、その通りには違いない感覚)を覚えながら、見た目に寄らず柔らかな髪へと手を伸ばす。
大人しく享受する様に喉が鳴りそうになるのは致し方ない。

「…だから、何?」
「いえ、特に意味は無いんです、と言ったら怒ります?」
「…いや、面倒だから、しない」

昔は恭弥のこの言い回しにいちいち突っかかって行ったモノだ、と思い出せば口元が笑みの形を模る。
彼の思考を考えれば、面倒だという前に殴り倒すのが主だというのに、其れをせずに言葉で告げて終わるなどどれだけ甘やかされていることか。
実際、殴り合いにでもなれば互いの体力が底尽きるまでの長期戦に及ぶのが解っているから面倒、と言われたのは分かっているけれども、それでも特例とされるのは悪い気分では無い。(特例が嬉しいなんて、所詮、僕も人の子で有ると言うことなのだろう)

「クフフ、10年前の君が見たら驚く様な反応ですねぇ」
「さぁ? そんなこと無いんじゃない?」
「それはどうでしょう。寧ろ僕にも君にも、殴りかかってきそうですしね」
「それは言えてるかな」

そんな光景が簡単に想像出来て思わず二人とも笑ってしまう。
あの頃は何かにつけて直ぐ力業に訴えていたのだ、其れこそ若かったのだとしか言いようが無い。
其れは恭弥も同意なのか、否定するでも無く楽しそうに笑ったまま。
こういう風に笑える様になったのは何時のことか、など考える事も悪くは無いけれども、今は其れよりも。

「有難う御座います、恭弥」
「…うん」

何を、等は聞いてこない。
この日に必ず口にする台詞に、恭弥が疑問を返さなくなったのはもう随分と前の話。
手触りの良い髪から手を離し、シャープな線を描く頬に滑らせる。
お世辞にも柔らかい、とは言い難いけれども、それでも触れ慣れた肌は触っていて気分が良い。
触れた肌は先程の名残でしっとりと潤い、気怠さを含んだ表情にまた欲が沸くのは仕方ない。

(もうそこまで若くないのは理解していますが、流石にこればかりは堪える、というか…自覚してるからタチが悪いんですよ…)

ぐったりと寝そべったまま、視線だけで簡単に此方を煽るのだから慣れとは恐ろしいもの。
極めつけと言わんばかりに唇を舐めてみせるのだから、此処は大人しく頂くに限る。

「そんなに煽って、後で泣きを見ないで下さいね?」
「君こそ。明日どうなったって知らないよ」

唇が触れる距離で話せば、此方から合わせるよりも先に噛み付く様に貪られる。
咥内へと侵入してきた舌を絡め取り、舌先に軽く歯を立てて主導権を握り返せば、恭弥が眉を顰めたのが解った。
互いの主導権を奪い合う様に幾度も唇を重ねていくことは、10年前には日常的に行っていた殴り合いによく似ている。
詰まり幾ら年月が経とうと、僕らが六道骸と雲雀恭弥である以上は、この奪い合いは絶えることが無いだろう。

「君は、僕のモノだ」

合間に零れた言葉は去年聞いた台詞と同じ。
今更動揺するまいと思っていたにもかかわらず右目から零れた其れに気付かれない様、片手で恭弥の目元を覆う。
気配で気付かれていることは分かっていても、見せたくないモノなのだからこうするほか無い。
誤魔化す様に一段と深く併せて、この後どうしてやろうかと考えを巡らせた。


09.09邂逅記念日

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