六道骸と雲雀恭弥の仲、というのは一口に語れるものではない。というのがボンゴレボスを継いで3年目の俺の言。
そもそも、ネタに事欠かないのだから致し方ない。
片やよく喋るものの、肝心なことは一切口にしないタチ。もう片方は必要最低限すら口にすることも疎う。
バランスが取れてると言ってしまえばそこまでだけれども、今話したいのはそれじゃない。
大体、バランスなんて取れたところでこの二人、揃ってトラブルメーカーだ。
二人のことは、ボスを継いでから知ったことの方が多い。
ヒバリさんに限って言えば、中学の時からそれなりに(本当それなりの)交流があった筈なのに、それは氷山の一角の一角の一角の、ほんのひとかけらにも満たなかったらしい。
悔しいとか、そんな感情は一切湧かない。寧ろ、知ってしまったことに対する後悔の比率の方が大きい。
なんで知っちゃったの、俺。新しいことを一つ知る度、数分前の自分を恨むハメになるのは毎度の事。
そうやってまた、俺は一つ後悔をしたばかりだ。いや、寧ろ現在進行形で後悔中。
「…あの、骸さん?」
「はい、何でしょう?」
「これは、何? どういうことなの? 寧ろお前、何て事してくれてんの?」
「質問は一回に一つ。喧しいですよ」
睥睨する骸が憎たらしいとか、普段の俺なら思ったんだろう。今はそんな余裕ない。そんなこと思える余裕は欲しい、けども。
目の前の惨状、というよりも奇跡みたいな光景に開いた口がふさがらない。あと思考も纏まらない。
素数でも数えれば落ち着けるかな。あ、そもそも素数が思い出せない。無理。ダメツナを遺憾なく発揮することになるだけだ。
散漫になる思考を何とか纏めようとするものの、眼前のインパクトが強すぎてもう無理だった。諦めは肝心。
「…なぁ、どうしてこうなってんの?」
慎重に、厳選して。選んだ言葉をゆっくりと吐き出せば、骸はそりゃあもう綺麗な笑みを浮かべて腕の中のその人を見下ろした。
人間離れした顔立ちに、その笑みは映えすぎてていっそ人形に見える。見惚れるよりも総毛立つ、そんな感じ。
でもまぁ、骸が人間離れしている事なんてそれこそ中学生の時から知ってる俺としては、いちいち総毛立ってもらんない。はいはい、そんなに嬉しいのかよ。とかその程度だ。
ほんの少し声のトーンを落として、骸は腕の中の人の頬を撫でながら俺へと視線を寄越した。
「見て解りません? 恭弥を寝かしつけたんですが」
「どうしてそうなってるんだよ…」
「睡眠不足が祟っているようでしたので。何か問題でも?」
「…普通に寝かせれば、良いんじゃないでしょうか」
「それで寝てくれたら苦労はしないでしょう」
馬鹿ですか、君。さらりとそんなことを口にする骸に、イラッと来るのは仕方ない。
よし、現実逃避がてら少し現状を整理しようか沢田綱吉。
今俺が居るところは財団の奥の奥。ヒバリさんの私室だって言われてる部屋のいくつか手前。
部屋の構造は、財団らしく畳張りのそこそこ広い間取りの真ん中に置かれた足の低い和風のベッドと、色の濃いサイドテーブル。それから小ぶりのソファとセットのテーブル。
サイドテーブルの上に見えるのが理解するのを拒みたいボトルだとか、ソファの背に掛けられたのが腰帯だとか、そんなのは俺の視界には入ってない。
ボトルの隣に何か銀色の包みが見えてるとか、そんなことだって絶対無い。あれは骸の質の悪い幻覚だ。俺の超直感がそんなことないって言うけど、そう思わないとやってられない。
だから、ベッドに居る二人が何も身につけてないだろうことも、綺麗すっぱり無視することにした。
精神衛生上、そうするのが一番。
「…視野の暴力的な問題かな」
「眼球潰してあげましょうか」
「いや、それ違くね?」
「おや、そういう問題でしょう?」
ヒバリさんを撫でる手は止まない。あの人、昔は葉の落ちる音で起きるとか言ってなかったか。
今俺と骸が話してるのに起きる気配の無いヒバリさん。てことはあれか、今俺の視界に入ってる彼はヒバリさん本人じゃないとか。
そこまで考えたところで思考は強制シャットダウン。そんな浮気みたいな事態在る訳無かった。
ていうことはやっぱりアレはヒバリさん本人で。
起きないに越した事は無いけど、どうして起きないか考えるのはやっぱり危険だった。
寝不足の人間にお前は何をしたんだよ、なんてツッコミは怖くて出来ない。幾ら俺がツッコミばっかりしてるからって、自ら死にに行くツッコミは出来ない。
いや、死ぬ気になれば何でも出来るとか思った時期が俺にもありましたよ? でもな、今それをやったら間違いなく死ぬので遠慮したい。
ヒバリさんの髪を撫でたまま、骸はにっこぉり、本日何度目かのそれはもうイイ笑顔を浮かべると、薄い唇を音を出さずに動かした。
「帰れって、お前口に出して言えば良いだろ!」
「そもそも、この状況で未だに帰らない君に驚くんですがね?」
「そりゃ悪かったな、ちょっと頼み事があったんだよ」
「ほう? お断りしますが」
「お前にじゃないの!」
ヒバリさんの頭上で内容の薄い遣り取りを繰り広げても、ヒバリさんが起きる気配は無い。
ぼんやりと黒髪を眺めて、ものすごい寝不足なんだなぁ、なんて場違いな感想を一つ。
あぁでも。此処に来た本来の目的は、そんなことを思うためじゃなくて。
Q. 俺はなんで此処に来たんでしょう。A.ヒバリさんに資料の一部をお借りしたかったからです。
無理じゃん。だってヒバリさん寝てるし。
全力で溜息を吐きたくなる衝動を飲み込んで、俺は左腕に視線を落とす。
クロノグラフに映し出される日付と、タイムリミットの日付を交互に脳内に浮かべて逆算。
明日の朝でギリギリ。正確に言えば、明日の朝が俺の処理能力の限界。だからこそ今日中に欲しかったんだけども。
寝不足のヒバリさんを叩き起こすのは気が引ける。よし、明日以降の俺、よろしく頼んだ。
「ヒバリさん起こすの気が引けるし、明日の朝また来るよ」
「そうして下さいな。まぁ、明日の朝でも今と変わらない気もしますが」
「手加減をお願いします!!」
「嫌ですよ。今日は甚振って甚振られて、そんな一日なんです」
お年頃のお嬢さん方が見惚れそうな笑みを浮かべてそう言い放つ骸に、俺の口からめいっぱいの溜息が吐き出される。
なにそれ、お前何言ってるの。そう続けようとした口は、突如現れた手によって握りつぶされた。
誰の手、何てのは考えたくない。考える余裕がないのが正解なんだけど、万力みたいに強い握力なんてこの中で一人だけだ。
そろり。視線を下ろせば、ものすごい殺気と一緒に険相が顔を覗かせていた。
「今此処で、潰してあげようか」
地を這うよりも更に低い声に、俺は潰れたような悲鳴を上げて後ずさる。
口元を覆っていた手をどうやって外したのか、脊髄反射みたいな反応をしたせいでいまいち解ってない。
けど、これ以上此処に居るのはやばい。超直感なんて無くても解る。寝不足で、更に寝起きのヒバリさんなんてただの最終兵器みたいなもんだ。
とうことで、俺は意味も無く一礼すると部屋の外へと飛び出した。
廊下で草壁さんに会った気もするけれど、逃げ帰るのに一生懸命な俺には気付く余裕もなく。
ボンゴレアジトの奥。俺の執務室まで全力疾走したところで漸く一息吐く。
壁に付いた手の横にはカレンダー。日付は9月9日。大事な大事な右腕の彼の誕生日、そして。
今日はあの二人にとって、大事な一日だったんだっけ。
2013年 邂逅記念日によせて