からりとグラスの中で氷が音を立てる。
最後の一杯になったウィスキーを傾け、骸は一つ息を吐いた。
「…飲み過ぎじゃないの」
「あぁ、来ましたか」
「いつから飲んでるのさ」
「…いつでしたっけ、」
忘れました。
そう苦笑する骸は酔った気配を微塵も見せない。
テーブルの上には空になったウィスキーボトルと氷が一つ入ったグラス、いくつか減ったチーズの皿がある。
雲雀が告げられた時間より僅かに前に訪れたというのにこの様だ。
本来であれば咎めるであろう事も、今日ばかりは雲雀も口を噤む。
テーブルに雲雀がついた事を確認すると、入れ替わりに骸が立ち上がる。
雲雀が目で追うまでもなく、キッチンへと足を運んだ骸は軽快な包丁捌きで何かを切ると片手に二本の徳利、グラスや皿を乗せたトレイをもう片手にふらりと姿を現した。
「つまみは刺身でいいですか?」
「構わないよ」
「クフフ、良かったです」
足取りはしっかりしているものの、どこか浮ついたようにも写る。
手際よく並べられたそれらは雲雀の好みのものばかりだ。
骸と酒を飲み交わすようになってからというもの、互いの好みを覚えてしまっている。
だからこそ、雲雀に聞かずとも骸がふらりと準備できるのだった。
「あぁ、ストック無くなりそうだったので取り寄せたんですけど、酒屋の主人が君が好きそうなのが入ったというので頂きましたよ。後で飲みますか?」
「へぇ。それじゃあ後で貰おうかな」
「なにやら酒造家の自信作ということで、えらく熱弁してましたよ。試しにと一口頂きましたけど、確かに君が好きそうな味でした」
普段よりも更に饒舌な骸に、雲雀が眉をしかめることはない。
妥協を覚えたというよりも、慣れに近い。
それに、今日ばかりは許してやらないでも無いと雲雀が柄にもなく思ったのもある。
今日の昼間、遠目に見た隻眼の花嫁の姿を思い出して雲雀は切子を手に取った。
「それで、どうだったの」
「綺麗でしたよ、それはもう。折角の花嫁衣装なんですから右目を補う事を勧めたんですが断られました。必要だから、って」
「…へぇ」
「狡いですよねぇ。そういう風に言われたらどうしようも無いじゃないですか」
からりと笑う声にはいつもような嫌みさはない。
どこか哀愁を漂わせるそれに、骸も人間らしいところがあったものだと雲雀は密かに驚いていた。
雲雀が人づてに聞いた話によると、式の前後も、最中も普段と変わらない飄々とした態度だったという。
かなり酒が入っている現在は気も緩んでいるのだろう。そう推測して雲雀は皿からエンガワの刺身を摘まみながら骸の話に耳を傾けた。
「クロームが思わず泣いたら犬も千種も貰い泣きするし、フランはとっくに泣いてましたし…。まさか千種まで泣くとは思わなかったんですけどね」
「…ふぅん。君は泣かなかったの」
「まさか。流石にそれは無いでしょう? 人前で弱みを見せるつもりなどありませんよ」
「あ、そう」
肩をすくめてみせる骸に、雲雀がつまらなそうに相づちを打つ。
おや、泣いて欲しかったんですか。
からかいを含んだ声に雲雀の眉が寄せられる。けれど、切子を握った指先がトンファーを握る事は無い。
骸もそれ以上は言及せず、グラスを傾けた。
後に続くのは酒を煽る音と氷が溶ける音だけ。
「あぁでも、少しばかり寂しいと思ってるのかも知れませんねぇ…」
「他人事かい」
「実感が無いんですよ、きっとまだね」
「君の泣き顔くらいなら拝んであげようか」
「だから泣きませんってば」
軽口すら何処か浮ついている。
けれどそれをお互いが口にすることは無かった。
一言二言、他愛もない会話を交わし、つまみを摘まんでは酒を煽る。
「でもまぁ、その時はまたこうして君と飲みますかね」
「…仕方ないから付き合ってあげるよ」
「おや、君にしては優しいことを」
「煩いな。今泣かせてやろうか」
「遠慮しますよ、それこそね」
笑みを浮かべた骸に、雲雀は大仰に溜息をついてみせる。
それでもやはり、実力行使はしないのだった。
他愛もない会話を続けたまま、二人の晩酌は夜明けまで続いた。
付き合ってるとか、お互いに好意があるわけじゃないけど何となくつるむようになった二人というのも良いなぁと滾ったいつぞの話。
こういう話も有りかなぁと思うのですが、如何なものでしょう。